借りぐらしのアリエッティ

先日公開されたばかりの『借りぐらしのアリエッティ』というスタジオジブリ制作のアニメ映画を観た。宮崎駿監督作品ではないにしろ信頼と実績のジブリブランドということで嫁さんと弟を連れてシネプレックス小倉のレイトショーを利用して鑑賞してきた。

お昼過ぎに車で家を出て、近所のスーパーで車内で飲食するためのスナック菓子とペットボトルのお茶を人数分買い、実家まで弟を迎えにいき、八幡のイオンであれこれと夏物の衣類を試着した後、リバーウォークを練り歩き、メロンブックスに入ろうとするも嫁さんに阻止され、小倉の駅ビルで夕食のハンバーグを食べ、ようやくチャチャタウンで予約しておいたチケットを発券して席に着いた。さて肝心の映画の内容は、大人1枚1,200円の価値は十二分にあったと言いたいが、ゲド戦記や前作のポニョも然り、とりわけ千と千尋以降のジブリ作品に僕は物足りなさを感じていて、その印象に拍車をかけるような、アリエッティはそんな作品だった。

決して安くはないお金と、休日にそれなりの時間を使うのだから、映画館で見る映画というのはレンタルビデオ屋で借りてくるそれとは違って特別な作品になると思う。インターネットが普及して、僕がさっきやったように誰でも映画の感想や批評を公表出来るように、今や誰にも言及されていないモノを探すほうが難しいのではないかと思う。そして、公開日前後の有名でわかりやすく読み手のウケもよい流行映画に対してはその論争もより激化していくのがウェブの常である。

パソコンパーツを買うときに、僕は決まって入念な下調べをして口コミなども参考にする。だけれども、映画館で映画のチケットを買う時は、下調べもしないし、他人が言った感想や批評はひと欠片も参考にしないと決めている。

僕にとって、映画館で観た映画が映画として優れたものなのかどうかってことは語弊があるかも知れないが、そんなことは結局のところどうでもいい話である。重要なのは映画館で映画を観るという特別な休日を過ごすことである。

幼い頃、祖父母に連れられて下関のスカラ座で『紅の豚』を観た。子供ながらに心底感動したことを今でも覚えている。夏休みにひとり、電車に乗って隣町までアニメ映画を観に行っていた。それは『ナデシコ』だったり『ウテナ』だったりいろいろだったけれど、観終わって映画館の外にある夏の風景を見ると決まって感動が押し寄せてきた。

あのころ僕が劇場で観たアニメ映画は、僕の周りの多くの大人にとって特別な作品ではなかったし、映画として見た場合に果たして素晴らしいといえる作品かどうか疑わしいのかもしれないが、フィオにとってあのアドリア海の夏が特別なように、僕にとって、夏休みに劇場に足を運んで観た映画がもしもつまらない作品だったとしても、映画館に映画を観にいった一日の体験は僕の夏休み史上に残る傑作であり、それは誰にも批評することは出来ない。

テレビで何度も再放送されるナウシカやラピュタやトトロはこんなにも面白いのに最近のジブリはつまらないと考える僕のほうが実はつまらないのではないかと思わずにはいられない。


先日の豪雨と洪水災害が嘘のように今年もまた梅雨が明け、容赦のない夏の陽射しが国道三号線のアスファルトに照りつける。愛車のスターレットを走らせて目的地に向う途中、小倉祇園太鼓のお囃子が至る所で鳴り響いていた。二十六才の夏、僕は映画館で映画を観た。劇場を出ると何の感慨も沸かない人通りのない夜だった。レイトショーには1,200円の価値もありはしなかった。

2011年の夏休みがいよいよ目前に迫ってきている。